2017年1月4日水曜日

人間における勝負の研究 米長邦雄 4

前回
その3

◆これまで、日本人は定跡を上手に覚え、かなり強くなったのだけど、あまり新手を出していない。これではいけないから、これからは新手を指せるようになりたいというのが、今日の日本が直面している現状
◆男というのは、100点に向かって全部の力を出し切る時がなくてはダメ。危険を承知であえて踏み切っていくうちに、男は成長していく
◆覚えておくというだけでは、プロ将棋の場合、あまり役に立たないのです

◆カンというのは、一つの仮説。あるいは仮説というのは、カンを基にして生まれるもの。だから、仮説を立てられないようでは、仕事にしろ、何にしろ、新しいことはできないと考えていい。何か新しい物の創造が、偶然の幸運によってなされていると思ったら、これはとんでもないまちがい。
◆天体学上の新発見というのは、偶然性がかなりの割合を占めてはいるようです。しかし、偶然という要素と同時に、目の付けどころ、カンという働きが加わっていなければ、その偶然、いわばチャンスを活かすことはできない
◆人間にとって一番大切なものはカン。カンというのは、努力、知識、体験といった貴重なもののエキス。
◆人間は一つのことにそんなにいつもいつも熱中していられるものではない。そして本当に力をつけるためには、人間はバランスというものを重視した生き方をする必要があるのではないか

◆バランスをとるために、何かを捨てるとか、何かをしないということでは、土台がどんどん小さくなって、バランスなどどうでもいいほど小さいものになってしまう可能性があります

◆私は反対を押し切って、自分の思った通りに高校へ行きました。その時、私は、人間、将棋以外のことはやらないというのではバランスが崩れるだろう、将棋だけに打ち込んでいくと、かえっておかしな結果になるだろうと思ったのです。
◆私が高校へ行くか否かは、成長の過程での話。つまり、勝つための方法と強くなるための方法は、まったく異なるのです。

◆偏るということは、なにごとにせよ、よくない。人間が偏る、性格が偏る、ものの見方が偏る。
◆男が成長するには、ものすごく真剣な時間が必要であり、、そして、それがあると、どうしても反動がくる。それもまた、バランスをとるために必要なのだと私は考えています。
◆反動が来ないですむような将棋を指し、勉強をしているようでは、一流の棋士になれないし、新手の創造など、とてもおぼつかないのではないか、とさえ思うときがある

◆専門家の目でも見分けがつかないほどの微差を、その「ほんの少しいい」というところを、早く気が付いた者が主導権を握るのです
◆トップクラスの将棋の間には、読みの能力、思考の能力において、それほど差があると思えません。ギリギリのところまで力を高めた者同士が戦った場合、勝敗を決するのはほんのわずかなカンの差。


続き
その5





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