2016年8月3日水曜日

優生学と人間社会 第2章の4 市野川容孝

前回

第2章の3


◆社民党内部でも第一次大戦の終結、ワイマール共和国の誕生とともに、生産手段の国有化という従来の主張に加えて、人間の国有化、つまり医療政策、人口政策の整備を、という声が徐々に高まって行った
◆1921年にゲルリッツで開催された党大会で、エルフルト綱領に代わる新しい綱領を採択。それに先立って新綱領にどのような医療政策、人口政策を組み込むべきかに関する検討委員会を発足。その首班がグロートヤーン(第2章の2参照)
◆グロートヤーン自身は優生学の必要性を訴えていたが、新綱領としては、社会保険制度や医療制度の充実を訴えるにとどめた。人口増大政策を優先させていた。
◆人口の量的増大よりも質の向上に重きを置く優生政策が、ドイツその他のヨーロッパ諸国で完全な支持をなかなか得られなかった一つの理由は、キリスト教の生命感と並んで出生率の低下であった
◆グロートヤーンは出生率や人口減少を危惧し、人口増大政策を推進するために、不妊手術その他の優生政策にブレーキをかけた

○アンドレアス・クナック(医師)
◆新綱領の検討委員会に加わり個人草案を提出(グロートヤーンの案に落ち着く)
◆人口の質の向上に定位した優生政策に積極的だった(ナチズム期に政治亡命)
○クナックの主張
◆健康な子供を作れるかどうか確定できるか、確固たる事実にもとづいて科学的に行うことができるケースが数多くある
 →精神的に低価値な資質、梅毒、そして慢性的なアルコール依存症のもたらす重い遺伝的欠陥
◆身体的にも精神的にも低価値な子供たちは、社会全体にっとて最も重い負担となっている
◆精神的にも道徳的にも低価値なものに対しては、強制措置がとられなければならない。なぜなら、彼らには啓蒙や説得など不可能だからである

◆不妊手術という言葉こそ出てこないが、アメリカの断種法はクナックにとっても一つの模範だった
◆クナックはマルクスの描いた理想社会と目標を転倒させ、障害や疾患を持つ個々人の必要よりも、社会全体の必要に応じた人間そのものの科学的な再生産の方を優先した

◆戸籍法改正は、ワイマール気に全国レベルで制定された唯一の優生立法。
◆1927年、性病撲滅法。性病にかかっていると知りながら性交渉をもったり、そのことを相手に知らせずに結婚するものに刑罰を科した
◆生殖を介して疾患が次世代に伝達されるという点では性病も遺伝病も代わりがないと考える優生学者にとって、この法律は優生学的にも大きな前進。シャルマイヤーの病歴記録証という提案はかなりの部分が実現した

◆戸籍法改正や性病撲滅法は、せいぜい婚姻に際して人々の優生意識を鼓舞するにとどまったが、優生意識をさらに強化するために、性と生殖の健康について既婚者や婚姻予定者に助言を与える相談所が各地で開設された
 ・ヒルシュフェルト:ベルリン大学の性科学研究所に設置
 ・母親保護同盟(ヘレーネ・シュテッカー、クナック):ハンブルクを皮切りに開設
 ・人種衛生学会:ミュンヘン、ハレ、ドレスデンで開設
◆相談所の大半は民営だったが、1926年2月にプロシア福祉省の条例により、ラント(州)内の市町村が公営で開設することが許可・奨励され、1930年までに200を超えた
◆ザクセン州の公営相談所は、優生学的な配慮ばかりでなく、ヤミの中絶をなくすためにも経済的理由を考慮して避妊等の家族計画が奨励
◆進歩的な相談所であればなおさら優生学に力が注がれていた

◆1923年5月に医師グスタフ・ビュータースが9項目からなる断種法案を、ザクセン州政府に提出
◆断種法案
 ・知的障害、生まれつきの視覚障害や聴覚障害をもつ子ども、もしくは初等義務教育についていけない子どもに対し、両親もしくは後見裁判所のお同意を得て、無料で不妊手術を実施すること
 ・視覚障害、聴覚障害をもって生まれた者、知的障害者、てんかん患者、精神病患者が公立施設に入所している場合、出所の条件として不妊手術を行う
 ・そういう人々が結婚する際には、公立施設に入所していなくても条件として不妊手術を課す
 ・性犯罪者は去勢手術を、父親が誰かわからない子供を2人以上産んでいる女性には不妊手術を各々可能にする
・犯罪者に対しては、不妊手術・去勢手術を減刑の条件として加味する
◆州政府は提案を受け、不妊手術を可能にする刑法改革案を、24年6月に帝国政府に提出
◆トゥーリンゲン州の経済省も23年7月、帝国内務省に対して、本人同意にもとづく優生学的な不妊手術を合法化するよう文書で要請
◆プロシア州政府は検討部会を発足させたが、ボンヘッファーを中心に作成された部会答申は、優生学の必要性を認めつつも、まず遺伝のメカニズムを確定することが先決で、ビュータースの提案は時期尚早と論じる
◆ビュータースは同様の断種法案を、単独でドイツ帝国議会および帝国政府に提出したが、医学界でもまだ合意を得られていないものとして斥けられた

続き
2章の5









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