2016年3月17日木曜日

2016年3月10日木曜日

武田鉄矢の今朝の三枚おろし紹介本まとめ~内田樹編~

大好きなラジオ、「武田鉄矢の今朝の三枚おろし」で、

武田さんが紹介していた本をNAVERでまとめていたのですが、

こちら
こちらも

ちょこちょここちらでもテーマに沿ってまとめたいと思います。


第1回は内田樹編です。

内田樹 wiki

内田樹 twitter

内田樹ブログ


2016年3月9日水曜日

胃カメラ&ピロリ菌駆除4

前回までその2
前回までその3


「え、反対?」

子曰く、

「私の左鼻の骨は細く縦長になっていて、スコープが入らない。
だから右鼻でやってみましょう。」

「マジかよ、左鼻。だらしねぇな」と思っていると、
右鼻に麻酔の棒が突っ込まれる。

「苦い」
2回目。

実はこの時点で、私は気付いていたんです。
生まれてこの方、毎日鏡で自分の顔を見てきたんです。
私の顔は別に左だけ潰れているわけではないのです。
でも、口には出せなかった。。。



「絶対、右鼻も細いでしょ。」



先生「じゃあ入れてみましょうか」
いたたた…もちろん入りませんでした。

ありがとう先生、本当は分かってたんだろうけど、
時間かかるの承知で右も確かめてくれたんですよね。

先生の優しい人柄がよく分かります。
全部骨のせいだ。


さあ、どうしよう。


休みの日に、わざわざ縁もゆかりない竹芝まで来たわけで。
何も得るもの無しでは帰れないわけで。

父さん、もうあれしかないわけで。


先生「口から入れてみましょうか」


…ふっ、そうなりますよね。


結局口から入れたところ、大層げーげーして、
涙目で「迷惑かけてすいません」と先生と看護師さんにお詫びしてきました。


先生は喉の反射強めの私に合わせて非常にゆっくりと対応してくれたし、
看護師さんは胃カメラ中、気遣って優しく背中をさすり続けてくれました。
看護師さんの手って、本当に癒し効果がありますよね。不思議。


繰り返しますが、私の細い鼻が悪いだけです。
みなさんも自分の鼻の骨が細いかどうかなんて考えたことないと思います。

もし、鼻からできないときに、それでも安心してできるクリニックとして、
私は東京ベイクリニックさんを推させていただきます。

東京ベイクリニック
こちらも


前の日の夜からご飯食べてなかったので、
浜松町までの途中で食べた小諸蕎麦が染みた。


あと最近ピロリ菌の予防運動が流行ってるのかな?
堀江氏が動いてるとか。

ホリエモンドットコム

これ簡易検査キットの精度管理とかどうなってるんだろう。
偽陰性が出て、安心して医療機関に行かずピロリ&胃癌になった人に対する責任は?
どうせだったら知識の啓蒙と「医療機関へ行きましょう」位にするべきじゃないのだろうか。ビジネスのかほり。

どっちにしろ医療機関に行ったらもう1回検査されてもう1回お金取られて、
結局胃カメラでチェックしなけりゃピロリは保険で除菌できないんだから。

一方でピロリを知る人が増える点についてはいいのかな。まあ功罪だわな。

次からは除菌服薬編
その5


2016年3月7日月曜日

生き延びるためのラカン 斎藤環2

lecture 5
・これまで何度か出てきた言葉、「象徴界」は、シニフィアンが織りなす複雑なシステム。ラカンによれば、この象徴界の作用は、人間生活の全般に及んでいる。その作用は意識されることもあるが、無意識の部分がずっと多い。
・自分のことを鏡に映ったイメージで理解したつもりになった瞬間から、人間は「イメージ=実在物」という錯覚から逃げられなくなってしまった。どんなイメージも、それ単独では、事実として受け止められてしまいかねない。だから、それを虚構化するためには、言葉が必要である。
・最初の言葉は「存在」の代わりに、それを埋め合わせるために獲得される。「母親の不在」という現実を、「ママ」という虚構で覆い隠して安心するための手段でもある。

lecture 6
・人間はエディプス・コンプレックスを通過することで、はじめて象徴界に参入することができる。逆にいえば、この段階を経験しなければ、人間は言葉を語る存在になれない。エディプスなしでは、人間は人間になることすらできない。
・自分というものが十分にできあがっていない子どもは、欲望をあらわすにも「持つ」と「なる」の区別が曖昧。
・母親のペニスになるという幻想に、子供はながく留まることはできない。なぜなら、母親が本当は別のものを欲していることがわかってしまうからである。
・子どもはペニスの象徴(=ファルス)を作り出すことで、母親=世界におけるペニスの欠損を補おうとする。これはペニスの実存性をあきらめて、その模造品で満足しようという、大きな方向転換を意味している。象徴を獲得するということは、存在そのものの所有はあきらめる、ということと同じことを意味している。このあきらめのことを「去勢」と呼ぶ。

lecture 7
・創造界・象徴界・現実界という区分は、互いの位置関係が常に相対的に決まる。どんな認識においても、そこには言うなれば「認識のモード」として、この三界区分が存在する
・「連続性」と「切断性」も同じこと。連続が切断をみちびき、切断が連続を基礎づける、というわけだ。こういう心の二つの「極」は、まさに「去勢」によってもたらされるのではないか。

lecture 8
・鏡に映し出されたイメージの力を借りて、子どもがイメージをはじめて持てるようになる時期のことを鏡像段階とよぶ。

生き延びるためのラカン 斎藤環1

その1の更新から1か月。ひーっ、時が経つのは早い。汗







2016年3月6日日曜日

今後の目標

3月は全力でブログ更新します。

4月から資格試験の勉強始めます。
12月の試験での合格を目指します。

この間、ブログは主に勉強の復習メモになるかも。
本は毎日読み続けます。月3冊くらいは更新したい。
公益財団法人 日本医療保険事務協会

あと、11月にクラリネットアンサンブルで演奏する予定。

2017年度も忙しくなりそうです。